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最後の走り
注射を打って少したつと、きゅっ…と体を小さく折り曲げた。それから体を伸ばし、最近見たことのないような、脚の動きを見せた。
カバリエはサラブレッドだったんだな、と思った。
「最後の走りだね」と言った。カバリエ、元気だなぁ!
少しずつ静かになった。"その時"がいつだったかはわからない。まだ温かいカバリエにずっと触れていた。

「伝えなくてはいけない」とは夫も思っていて、何枚か撮影をしていた。
「物書きとカメラマンなもので、すいません」。注射はなんという薬なんですか、など取材。
死に至らせる薬剤はパコマ、という。それなりに馬を苦しませないための技術が進歩しているわけだし、ベストの選択なのだろう。
(今はパコマも使わないようになってきているようですが)

Tさんも、この日忙しかったFさんも見守っていてくれた。

獣医師が帰り、さ、明日の朝、どのように運ぼうという話になる。
Tさんのところには馬運車がないから、引き取りに来てくれる門別しかないのだろう。でも正直、見送りたい、という思いはある。
たまたま明日種付けがあるFさんが、馬運車を借りていた。「僕いいですよ、午前なら時間あります」。
最後まで、いろいろな方に協力してもらった。ありがたい。
夫は先に帰っていった。私はどこでも寝られる人間だが、この日は初めてTさんの家に泊めさせてもらった。
感覚のなくなった足が、お風呂でようやく温まった。

それからは、今までのことを思い出して全く寝られなかった。
最後までしっかりやらないと、という責任もある。興奮していた。2、3時間は寝ただろうか。
少しずつ空が明るくなる。寒い。携帯を見ると気温が-15度。おいおい帯広か。
窓は霜が降りていて、外が全く見えない。
この寒さなら、カバリエはどちらにしろもたなかっただろう。


# by b_cavalier | 2021-06-28 22:06 | ボヘミアンカバリエ
獣医師を呼ぶ
夫が到着した。「今向きを変えたんだよね」という話をする。「向き変えたくらいで弱ってちゃだめだわ」「そうなんだよね」。
また、前回の辛い時のように呼吸が荒くなった。体は汗をかいている。
悪い時の波、が来ている。次の「いい時」は来るのか? 寒い中、それを待つ必要はあるのか?
「楽にさせてあげたほうがいいんじゃないの」。「私もそう思う」。

元気になったとして、また寝たら起き上がれないだろう。
変なタイミングで倒れて、の繰り返しだ。
というよりは、もうこのまま息絶えるような気がする。それならば今楽にしてあげるのが最善だ。

「獣医さんを呼んでください」。
午後9時、Tさんに告げた。結局勤務外ともいえる変な時間に呼んでしまった。競走馬に比べ、緊急というわけでもないのに申し訳ない。
10分もしなかっただろうか。すぐに荻伏からH獣医が来た。
決断から、そう時間はない。時間があっても困る。

獣医さんの車にちょっとびびるカバリエ。
痛くなくしてくれるんだからいいでしょ!これでまた元気になれるよ~などと話しかけるが、言葉のわからないカバリエだから、もう観念しているのだろうか。そうは思いたくなく、ずっと話しかける。怖くないように。そばにいるから大丈夫だよ、もう辛くないよ。痛くないよ。

ライトの明かりだけを頼りにして、カバリエの首筋をすっと触ってから、また車に戻り、注射器を持ってきた。
無言ですぐに注射をした。……って早ぇなぁオイ!!!(汗)
と思ったら、まず最初に鎮静剤を打ったらしい。
それから少し経って、どぎつい色の薬が入った注射器を持ってきた。
「暴れることもあるから気をつけてください、…驚くかと思いますが」
「はい、聞いたことがあるから大丈夫です。」

安楽死の際に暴れることがある、というのはよく聞く話だ。というか、書いてくれた人がいたからだ。
「馬の瞳を見つめて」という名著がある。渡辺牧場の渡辺はるみさんの本。
この2日前に、渡辺牧場でも1頭の余生馬が亡くなっていたと知る。他の余生牧場でも聞いたし、この時期の気候の変化というのは高齢馬には堪えるのかもしれない。
私も伝えなくてはいけない。

# by b_cavalier | 2021-06-21 21:22 | ボヘミアンカバリエ
タイムリミット
今日は寒くなる。立てなければ終わりだ。タイムリミットが近づいている。
前よりは弱いけれど、頭を上げ、こちらを強く見つめる。そのたびにふふふふふ、ぶぶぶぶぶと鳴く。
馬房の方を振り向いて、ひひぃーーん。と、いなないた。誰かを呼んだ。ジョンオージだろうか。強い絆があったんだな、と思う。
少しずつ元気を取り戻しているように見えるカバリエに、決断が鈍る。

昼過ぎ、一度トラクターを使って起き上がらせようとしたらしい。
その時は全く気力がなかったそうだが、「今ならトラクター使ったら起きるかな」というくらいにはなった。

着いたころ、仕事を終えた夫から「行こうかな」とメッセージが来る。
私の気持ちはほぼ固まってきてはいるけれど、夫を待つ。
夫は、私と馬に対する考え方、馬への接し方が同じだからとても助かるのだ。こんな時、心強い。
その時間を猶予とする。

Tさんの奥様が、マクドナルドのハンバーガーとコーヒーを持ってきてくれた。
ちょうど静内のマックに行ったとかで、かえって申し訳ない。いただきます。私の足も冷たくなってきたので、ストーブで温めながら待つ。

肝が座っていないとオーナーではない、と思っているのでしっかりと現実的な話をする。
もし今処分したとして、どちらにしろ引き取りは明日の朝ですよね、という話。
遺体を処理する場所は、三石と門別にある。ああ、三石は聞いたことがある。このあたりは余生牧場が多いからそれで知ったのか。
三石は馬運車で持っていく必要があるが、ぎりぎりまでお別れができる。
門別は取りに来てくれるので、ここでお別れ。ただ、他の馬も引き取るなどその日の状況もあるから何時になるかはわからない。三石よりは安い。とのこと。

馬体があるところの雪が溶けているせいもあり、頭側が低くなってなかなか起き上がれない。
前回起きたときとも向きが逆なので、手足の方向を変えよう、という話になる。
TさんとFさんが前脚2本と後ろ足2本をロープで縛り、せーの、で逆側に倒した。
ばんえいの障害で起き上がれなくなった馬にやるやつですね(余計わかりにくい)
その時Tさんは脚を痛めたらしい。トラクターを使ったときにも馬体に脚を挟まれたとかで、怪我はさせるわ牧柵は壊すわ……。

向きは逆になり、頭が高くなった。これで起きやすいでしょう。
でもその頃には、もう起きる気力がなくなっていた。

# by b_cavalier | 2021-06-09 19:52 | ボヘミアンカバリエ
夕方の電話
2021年2月24日(水)
一仕事終え、車に戻って携帯を見るとTさんから着信があった。
折り返すと昼ころ倒れ、その時に牧柵を壊したという。
前回のこともあるし、状況がよくわからない。
立とうとしているのか。息遣いは。

ほかに急ぎの仕事があるので終わらせて、午後4時に帯広を出る。
帯広の天気は良かったが、広尾あたりから山が白くなる。
野塚峠は真っ白で、帯広からの道は1台しか車のあとがない。
雪の中、カバリエは倒れたままなのか…
早く、明るいうちに着きたい。

オロマップ展望台を過ぎたあたりから雪はやみ、
海側には雲に隠れて太陽の明かりが漏れていた。
20日は長期戦になると思っておにぎりをしっかり食べてきたけれど、そんな余裕もなかった。まずは着こう、という気持ち。
それでもまだ、この日が最後になるとは思わなかった。

午後6時。ライトが照らされ、そこにカバリエが寝ていた。
「どうした」と話すと、前ほど苦しそうではないが、力を失っていた。
たまに起き上がろうとはするそうだが、前ほど元気ではないらしい。
折れ曲がった牧柵を見ると、馬って重いんだな、と思う。
その時に怪我をしたようで、雪には血が混じっている。

# by b_cavalier | 2021-06-01 09:13 | ボヘミアンカバリエ
ひとときの復活
いつものカバリエの姿に、みんなでほっとして、笑った。薪ストーブに温まりながらカバリエを見守った。
カバリエは近づくオージに耳を絞っていた。
上下関係も変わらず(笑)、今まで通りだ。よかったーーーー。

安楽死の決断を迫られる人の気持ちが、わかった気がする。
これまで何度も想像し、人の話を聞いてきたけれど。
最後の最後まで、これで良かったのか、と悔やむのだろう。私もここで決断を下していたら、一生悩み続けるのだろう。しかしそれは馬の世界ではよくあることなのだ。

何人かで1頭を持っている場合、その馬が長くはないという時に、すぐに安楽死をせず、全国からのオーナーが来るのを待っている、という話を聞いたことがある。こう書くとばれますが💦
私は今まで「なんで早く楽にしてあげないんだろう。オーナーを待っている間苦しませるのか」と少し軽蔑していた。
ケースバイケースなんだろうが、可能であれば、死に目に合わせることが、オーナーにできる最後のことなのかな、と思う。それは馬のオーナーが1人だって複数だって基本は変わらないのだ。馬も待っていて、元気になることもある。
自分も判断を伸ばし伸ばしにしてしまい恥ずかしいのだけど、こんな復活劇だってあるんだ。
(もちろん判断は獣医師にまかせます)

昨年秋から、Tさんの空いている馬房を借りて繁殖牧場をはじめたFさんという方がいる。
この日は忙しく、馬運車を行き来させていた。そのおかげもあるかもしれない。
戻ってきたFさんも「よかったー」と言ってくれた。

しかし、心配なのはこれから馬房まで歩いて帰れるかだ。一度倒れたら、今度こそ終わり。
そんな心配をよそに、普通に歩いて帰っていった。「昨日より歩様がいいわ」とお父様。

馬房の窓から出す顔に懐かしさを覚える。
いつもこの顔に後ろ髪を引かれながら、私は帰っていたのだ。
ちょっと年はとったけれど、変わらない目の輝き。
高齢馬になれば、このようなことは何度かあって、老いていくのかな、と思った。何度も呼ばれるんだ…。
どちらにしろ、ここが終の棲家になるのだな。
ただ、それはずっと先の話ではない。
# by b_cavalier | 2021-05-23 11:05 | ボヘミアンカバリエ